
日本の女子生徒の理数系の成績は、OECD(経済協力開発機構)の学習到達度調査で世界トップクラスだが、理学部や工学部に占める女子学生の比率は低く、テクノロジー分野におけるジェンダーギャップは顕著だ。そんな現状を打破し、テクノロジー分野での女性の活躍の場を広げるため、STEM(科学、技術、工学、数学)分野などへの女性の進出を後押しする活動に力をそそいでいるのがNPO法人「Waffle(ワッフル)」(東京都港区)だ。女子やノンバイナリー※の中高・大学生を対象に、ITやAI(人工知能)を学ぶ機会を提供している。理事長の田中沙弥果さんに、Waffleを設立した思いや、重点的な取り組みとその背景を聞いた。
※ノンバイナリー:自身の性自認・性表現に「男性」「女性」といった枠組みを当てはめない人々のこと。
プログラミング 小学生は男女とも関心示すのに
――Waffleの活動は主に中高生を対象としていますが、なぜ、この時期に焦点を当てたのですか。
日本では一般的に、大学受験の段階で文理の判断を迫られます。その前にテクノロジーの可能性や妙味を認識してほしいと願うからです。女子中高生が理数系を選ばないのが悪いと言っているのではありません。現状は理数系に進みにくい環境があるので、それを改善したいと思っています。
――Waffle を設立しようと思った動機は何ですか。
大学時代に米国のテキサス州で開催されたSXSW(サウス・バイ・サウスウエスト)というイベントに参加して、テクノロジーの世界を知ったことです。映画と音楽とテクノロジーの祭典で、国内外のスタートアップも集結し、活気にあふれていました。最先端のテクノロジーに触れることができたと同時に、テクノロジーがエキサイティングなものだと理解しました。とても新鮮で衝撃的でした。
元々、高校時代は薬剤師を目指していたこともあるのですが、最終的に大学では2番目に興味のあった英語や国際関係について専攻しました。留学が当たり前の環境で、私もテキサス州の大学に1年間留学しました。その際、SXSWに参加する機会に恵まれました。テック業界に好感を抱き、地元大阪で「テクノロジー」をキーワードに就職活動をした結果、米国で見たようなエキサイティングな世界と、求人欄に出てくる職種はかけ離れたものでした。
今後の進路を模索するなかで、子供向けのIT教育に携わるNPO法人「みんなのコード」(横浜市)に入職しました。先生の代わりにプログラミングの授業をすると、小学校の段階では男女とも積極的に取り組んでくれて、放課後も残って関心を示してくれました。一方で、中高生向けのコンテストになると、参加者の男女比が20対1と女子生徒の参加者が激減しました。周囲にその話をすると、「女子は、プログラミングは苦手では」という反応が返ってきたので、素朴な疑問を覚え、検証してみたいと考えました。
日本ではプログラミング教育が小学校を手始めに2020年から段階的に必修化されたのに、中高で男女の格差が起きている。女子だけがプログラミング教育から離れる、理工系から離れるということをだれも知らないまま進めていいのかという思いが強くなり、Waffleを法人化しました。また、この課題を広く社会に知ってもらう必要があると考え、いろいろなメディアを通じて問題提起する活動にも着手しました。これがWaffle設立の出発点です。

長崎で開催された中高生向けIT体験ワークショップ(メットライフ生命保険長崎本社)

国際的なアプリコンテスト「Technovation Girls 2026」の文部科学大臣賞受賞者たちと田中さん(右端)
NPOの活動と並び政策提言も重要 まずパブコメから
――Waffle設立当初から政府に政策提言をしようと思ったのはなぜですか。
みんなのコード創業者の利根川裕太さんが、政策提言を日常的に行っている姿を間近で見ていました。その影響もあり、Waffleを設立した当初から、政府への政策提言も不可欠という思いがありました。そこで、どのような提言をすべきかを模索しながら活動を始めました。
そして、第5次男女共同参画基本計画(2020年閣議決定)の素案のパブリックコメント(意見公募)に対し、提言を出すことからスタートしました。テクノロジーについての記載はないに等しいような状態でしたので、女性の育成に限らず、AIやテクノロジーについて、あるべき未来像をきちんと示していかなければいけないと確信しました。政府の政策づくりにどう関与すべきかを模索しました。政策づくりの議論に加わるためにも政府の有識者会議に参画できるよう、自らの問題意識や活動実績を粘り強く発信し続けてきました。

赤澤経済産業大臣にWaffleメンバーと政策提言した田中さん(左)
認識すらされていなかった課題を政府の中心に
――Waffleの活動も政策提言も精力的ですが、何が原動力になっているのですか。
活動の原動力は、変化を起こせることの手応えです。Waffleを設立した当初、そうした活動をする意味があるのか、何が課題なのかと懐疑的に見られることもありました。私たちの活動は、テクノロジー分野やSTEM分野の女性を増やそうという単純な話ではありません。
日本の女子生徒は学力調査の結果、理数系教科は世界でトップクラスの成績です。にもかかわらず、理工系の大学に進む割合が少ないのは、本人たちの能力の問題ではないと考えています。こうした視点から世の中に対して丁寧に説明してきた結果、内閣府の「若者円卓会議」の委員に選んでいただけました。最初は課題とすら認識されていなかったことが、政府の中心的な議題へと引き上げられていく。丁寧に説明し続けていれば、世の中は変わっていくと確信できました。そのような変化を目にするたびに、大きなやりがいを感じます。
社会の価値観を変えるための順番
――最先端のテクノロジーなど自分の生活とは無関係で、生活に不自由も感じていないという人もいます。テクノロジー分野のジェンダーギャップ解消について、政府内では課題としての認識が高まりつつありますが、社会全体に浸透させるには時間がかかるのではないですか。
私たちがフォーカスし、アプローチしているのは、若くて未来を創造する側の人たちです。
社会に浸透させるには順番が重要だと考えています。政府に政策提言する意義は、制度を変えることができることです。制度が変われば、国民の価値観も徐々に変わっていくと考えています。まずは、制度として仕組みを作り、価値観を変えていきたい。
私たちが事業を展開するとき、「女子に理工系は無理」といったジェンダーバイアス(性別による偏見)の原因は、保護者をはじめとする周りの大人にあるという声を聞きます。まず、大人の意識を変えるためのアプローチをした方がよいとの意見もあります。しかし、プログラムを終えた後にアンケート調査をすると、受講生は研修後に変化が生じます。例えば、進路が変わります。それを目の当たりにして、保護者の世代である、社会を作る側や企業の中の人たちの意識も変わっていきます。
私たちはアプリ開発コンテストなどでIT企業の女性役員を審査員として招いていますが、例えば、企業では役員の意識が変わるとトップダウンで企業文化が改善されます。何事も変革をもたらすためには変える順番があると思います。歩みは遅いかもしれませんが、私たちが理想としている方向に向かって社会は動きつつあると感じています。

2024年のヤング・グローバル・リーダーズに選ばれ、2026年1月のダボス会議(世界経済フォーラム年次総会)に参加した田中さん(中央)
地方の人口減問題 女性を中心に新しい経済圏を
――これから取り組みたい日本の課題は何ですか。
地方の経済で、女性の力を活かせていない点が課題だと感じています。人口減少社会のなかで、若い女性が地元に戻らない課題を抱えています。地方に出かけるたびに、各地方公共団体が課題解決のために苦労しているという話を聞きます。若い女性に選ばれる地域を作るため、地域のジェンダーギャップの解消に取り組まなければいけないと考えています。
具体的には、既存の枠組みに女性を組み込むだけではなく、新しい経済圏の中で女性とデジタルをフルに活用していく。AIと女性を中心とした新たな経済、新たな働き方、新たな価値観が生まれていくエコシステムを作っていきたいです。
現状、地方には魅力的な仕事があまり多くありません。女性にとって魅力的な仕事とは、例えば、リーダーシップを発揮できる仕事です。働き方も、介護や看護だけに偏らないことが重要ですし、管理職も増やさなければなりません。そのような視点に立って課題を解決しようとしている地方公共団体は、まだ多くはありません。そういった自治体を増やしていく必要がありますが、それは既存の枠組みを変えていく作業になります。相当な労力を要しますし、反発も招くでしょう。
それよりも、女性が中心的な役割を担う、新しい経済圏を作る作業に足を踏み入れていきたいと考えています。具体的には、新しい地方創生の形を提案し、モデル化できたらいいなと思っています。沈まない日本にするために新しいアプローチが必要だと思っています。

「目の前の課題と向き合い、成果を積み上げることが大事」と話す田中さん
――これからソーシャルビジネス(社会課題型ビジネス)を志す若い人たちへのメッセージをお願いします。
「お金は後からついてくる」と伝えたいです。社会課題を解決するビジネスは、すぐに資金に恵まれることはありません。もちろん、「こういうことやっているので応援してくれませんか」「お仕事をご一緒にできませんか」といった営業活動は必要ですが、信頼を積み重ねていくなかで、お金は後からついてきます。
大切なのは、目先の資金繰りに焦らず、目の前の課題と地道に向き合い、成果を一つひとつ積み上げていくことです。その積み重ねが信頼となり、やがて共感してくれる人や企業とのつながりとなって、事業を支える土台になっていくと思います。
【プロフィール】
田中沙弥果(たなか・さやか)
NPO法人「Waffle」理事長
1991年生まれ。大阪府出身。2019年に一般社団法人「Waffle」を設立(現NPO化)。Forbes JAPAN誌「30UNDER30(世界を変える30歳未満30人)」などを受賞。2024年には世界経済フォーラムの「ヤング・グローバル・リーダーズ」(YGLs)2024に選出された。内閣府の若者円卓会議委員、経済産業省のデジタル関連部活支援の在り方に関する検討会有識者を歴任したほか、文部科学省の中央教育審議会 初等中等教育分科会教育課程部会 情報・技術ワーキンググループ委員、日本成長戦略会議「人材育成分科会」の高校教育改革・高等教育改革分野の有識者を務める。
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