
歌舞伎の世界を描いた映画『国宝』(李相日監督)で、息子の俊介(横浜流星)を思うあまり、そのライバルである喜久雄(吉沢亮)に対して複雑な感情をぶつける母役を熱演した寺島しのぶさん。自らも歌舞伎界の名門の家に生まれ、俳優として映画、舞台、テレビと幅広く活躍してきた。内面から感情がにじみ出て、役そのものになりきる演技は国内外から高く評価され、日本のエンターテインメント界になくてはならない存在になっている。「フランス人と結婚するなんて思ってもみませんでしたし、何があるか分からないものですね。私の人生、振り返ってみると意外と面白いと思います」と話す寺島さんに、俳優という仕事について、そして寺島さん個人について大いに語ってもらった。
『国宝』人気は海外でも 歌舞伎は世界へもっと
――― 映画『国宝』のほか、舞台でも『文七元結物語』『芝浜革財布』と歌舞伎とかかわりのある仕事が増えていますね。
歌舞伎の家に生まれ、小さいころは「出たい」と思っていた歌舞伎座の舞台。大人になって観劇する場所と割り切っていましたが、『文七――』で幼なじみの(中村)獅童君から声をかけてもらって、出られたことはやはり感慨深いものがありました。続けるという気持ちはありませんが、いろんな部分で歌舞伎に貢献できるなら、うれしいと思っています。

『芝浜革財布』(「十二月大歌舞伎」2025年12月歌舞伎座)
『国宝』は海外でも人気があるようですね。ですから、歌舞伎は今、世界に出て行くチャンスだと思います。『国宝』の熱が冷めないうちに、ぜひとも世界にチャレンジしてもらいたい。これまでも本格的な海外公演は何度かありましたが、歌舞伎界にはいろんな役者がいて、いろんな作品があります。歌舞伎も変化しています。勧進帳からスタジオジブリまで、いろんな作品がそろっています。「もののけ姫」や「ワンピース」も歌舞伎化されていますが、そうした作品を海外の方はあまりご存じないのでは。
フランス人の夫、ローラン・グナシアはアート・ディレクターですが、「歌舞伎おたく」と言えるほど歌舞伎が大好きです。海外の人にとってみれば、歌舞伎について俳優の名前を知らない人も多く、作品の知識もありません。『仮名手本忠臣蔵』や『義経千本桜』のような伝統的な名作を紹介するのももちろん必要なことですが、海外の人にはどのようなものを面白いと思ってもらえるか、という視点も大切だと思います。
二世尾上松緑さんが作った歌舞伎舞踊に『達陀(だったん)』という作品があります。奈良・東大寺二月堂の「お水取り」を題材にした作品で、クライマックスは約40人もが出演する大がかりな群舞。歌舞伎役者の身体能力のすごさを見せつけられる作品です。ローランはこれを海外で公演したら絶対に受けると話しています。
たとえば、主な登場人物のほかは現地でオーディションして、いっしょに出てもらうとか。あるいは歌舞伎は主演俳優が演出家を兼ねるのですが、いっそのこと海外の演出家に演出してもらうとか。歌舞伎を楽しんでもらえる、いろんな可能性を広げたら面白いと思います。

「海外公演では、日本人が知ってもらいたいという歌舞伎を見せることも大切ですが、外国人が見て何を面白いと思うか、という視点も必要だと思います」と語る寺島さん
演劇は舞台に上がってしまえば役者のもの
――― 映像作品と舞台と、同じ演技をするにしても見せ方が違ってくると思います。どのように考えて演じていますか。
「演じる」という基本の部分は変わらないと思います。舞台は観客が自分で切り取って見る物で、映像はカメラに写ることがすべて。そういう意味では見せ方が違ってきます。私は最初に文学座という劇団に入って、観客の息を感じながら芝居をすることを勉強させていただきました。客と俳優とが息のかけあいで作り上げる、その醍醐味は舞台でしか味わえません。それに対して映画は、カメラで切り取られた場面の中で何ができるか。目や指の動きなど細部を見せることができるのは映像ならではだと思います。
映画は監督のものですが、演劇は舞台に上がってしまえば役者のものです。自分と相手役と観客と、そのコンディションは毎回違いますし、常に緊張感があり、二度と同じ芝居はできません。毎回違って、毎回面白い。舞台は一番自由を感じることができます。
――― インバウンドで海外からの観光客が増え、日本の文化が世界から注目されています。現状をどのようにとらえていますか。また、今後どのようなことに期待したいと考えていますか。
マンガやアニメが好きだという人が多いですね。でもアニメだけでは悲しい気がします。今年は映画界の最高峰と言われるカンヌ国際映画祭で、賞を競うコンペティション部門に日本映画が3作入ったのはうれしいことでした。今回だけでなく、同じようなことが続いていかなければいけません。
海外からの観光客は、東京や京都などの有名な観光地ばかりでなく、日本人が知らないような所に行く人も多い。海外の人の方が意外といろんな情報を持っています。欧米では、まだあまり知られていないものを自分で見つけたい、開拓したい、という思いが強い。それに対して、日本では、有名になったものに、みんなが飛びつきます。ローランもよく話していますが、日本人は日本の文化をあまり大切にしているようには見えません。だけど、一部の若い人の中には、茶道や華道などの日本の文化を世界に持って行こうという動きもあります。そんな、何かを変えていこうというチャレンジングな人たちがもっと増えてもらいたいと思います。
人生振り返ると、なるようになってきた
――― ご自身の転機になったことを教えてください。
それにはいくつかあります。まずは、演出家の蜷川幸雄さんと出会ったこと。1993年の『血の婚礼』という舞台でいきなり主役に抜擢していただきました。次に2003年に公開された『赤目四十八瀧心中未遂』と『ヴァイブレータ』に出演したこと。それからフランス人と結婚したこと。日本人だけと付き合い、日本語だけで暮らせばいいと、外国人をむしろにらみつけるように見ていたのに、人生何があるか分からないものです。
弟(八代目尾上菊五郎)は、生まれたときから、敷かれたレールの上を走らなくてはいけませんでした。それに対して私はレールに乗らなくていい。だったらとことん外れてみよう、と思いました。そうは言いながら、あまり流れに逆らってきたわけではありません。改めて振り返ると、なるようになってきたところがあります。
人間国宝の歌舞伎俳優である父(七代目尾上菊五郎)は、伝統芸の真ん中で生きてきたように思われますが、けっこう型を壊してきました。テレビをよく見ていて流行り物が大好きで、すぐに流行り物を歌舞伎に取り入れています。「こんなことやっていいの!」と思うようなことも。同じ場所にとどまり続けるのでなく、常に観客が喜ぶことを考えている。それは私から見ても、すごいと思います。

「愛犬の名前は『ノア』。黒いので、フランス語の黒(ノアール)から名付けました」
未知の自分とは……映画の監督をしてみたい
――― 今後、何か新しいことに挑戦する考えはお持ちですか?
一番に考えているのは、これから役者になりたい人、演技を始めたいと思っている人への手助けをしていきたい、ということです。私自身がやってきたことで何か伝えることができたら、と考えています。いろんな未知の自分を知りたいし、その一つとして映画を監督してみたい、という気持ちもあります。ただ、今は、息子の眞秀(まほろ)が学業と歌舞伎俳優としての仕事で大変な時期なので、そのサポートも必要です。体が一つしかないことがもどかしく感じます。
――― プライベートで大切にしていることがあれば、差し支えない範囲で教えてください。
コロナ禍のとき、飼っていた犬を亡くしました。犬でこんな泣かされるのか、と思うほど泣きました。心身が疲れたとき、家族と犬でしか癒やされないことがあります。今飼っているのは黒い柴犬。息子の眞秀と、いつもマウントの取り合いをしていて、見ているだけで癒やされます。
スポーツを見ることが大好きで、大切なことはほとんどスポーツから学んでいます。1回にパコーンと大きな当たりを打たれて点を取られても、我慢して軌道修正すればチャンスは必ずやってくる、とか。サッカーのワールドカップは、連日、未明までテレビ観戦して、試合が終わってから犬と散歩していました。日中は暑いので、それがちょうど良かったのです。本当は眞秀が世話をする約束で犬を飼ったのですが、結局、私がお世話係。犬を散歩に連れて行ってやるのではなく、私が付き合ってもらっている。そんな風に考えています。
【プロフィール】
寺島 しのぶ(てらじま・しのぶ)
俳優
1972年、東京都出身。青山学院大学文学部卒業。父は歌舞伎俳優の七代目尾上菊五郎、母は女優の富司純子。長男の尾上眞秀も歌舞伎俳優。大学在学中から舞台やテレビドラマに出演。2003年の映画『赤目四十八瀧心中未遂』『ヴァイブレータ』の演技で日本アカデミー賞最優秀主演女優賞など数々の映画賞を受賞。2011年、『キャタピラー』でベルリン国際映画祭女優賞受賞。
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寺島しのぶさんの心を動かす本はこちら
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