【秋田発】1代で半導体基板検査装置のグローバルニッチトップに 未知の分野へ 下請けから変身

秋田県仙北市のインスペック株式会社(菅原雅史社長)は、「半導体パッケージ基板検査装置」と「ロールtoロール型フレキシブル基板検査装置」を主力製品として事業を展開する研究開発メーカーだ。検査に欠かせない五つ(画像処理、メカトロニクス、光学センシング、レーザー、精密機械)の技術を社内に有し、高速高解像度技術は精密基板検査分野で世界のトップレベルを維持している。電子基板の製造工程は近年、かつてないほど複雑化しており、各工程での品質保証の重要性が高まっている。AI(人工知能)サーバーの普及に伴い、ミクロンオーダーの微細な欠陥を的確に検出し、品質を担保する精密検査が求められるなか、創業から40年余りの蓄積と、その間に培ったスキルを駆使した光学式外観検査装置で世界の最先端技術を支えている。

「挑戦こそが未来への唯一の扉」を信条とする菅原社長

超精密な半導体基板を高速で写す装置

プリント基板と言えば、マザーボードなどを想起するかもしれないが、半導体パッケージ基板は半導体のチップを載せる超精密なプリント基板だ。なかでも特に精密な、コンピューターの頭脳に相当するCPU(中央演算処理装置)向けの超精密プリント基板に着眼し、ハイエンドスペックな光学式外観検査装置を製造・販売している。半導体パッケージ基板が、製造工程で設計通りにできているかをカメラで写して検査する装置だ。

もう一つの主力製品は、フレキシブル基板の検査装置。写真のフィルムのように薄くて軽くてぺらぺらなフレキシブル基板は、スマホの製造には欠かせない。2012年頃、世界市場で高性能スマホのユーザー数が劇的に拡大し、スマホ用フレキシブル基板の検査が生産のボトルネックになっていた。その際に、精密な回路を従来の検査機よりも5~10倍の速度で検査できる製品を開発。業界に貢献したと評価され、「第9回ものづくり日本大賞経済産業大臣賞」を受賞した。

半導体パッケージ基板検査装置(左)とロールtoロール型フレキシブル基板検査装置

ものづくり日本大賞経済産業大臣賞を受賞した、スマホ向けフレキシブル基板検査装置の仕組み

下請け全業務が消える…「次は半導体」

菅原社長は、小学生の頃から機械いじりが好きで、おもちゃを解体したり壊れたラジオを組み立てたりするのに熱中していたという。秋田高専の土木工学科に進んだものの、高専時代は音楽にのめり込み、17歳で母親に借金してピアノを手に入れ、独学でクラシックの勉強を始めた。卒業後は森永乳業に就職して上京したが、作曲家になる夢をあきらめられず、仕事の合間にピアノと作曲の先生の指導を仰いだ。3年間の努力は報われず、作曲の先生から「音大は無理」と宣告され、音楽の道を断念した。

秋田に戻り、妻の実家の建設業の手伝いを始めたが、幼少の頃から興味があったエレクトロニクス分野の仕事に携わりたいとの思いは心の奥底に持ち続けていた。米国ではテクノロジー企業のマイクロソフト(1975年創業)、アップルコンピュータ(1976年創業)が話題になっていた。

会社の歩みを説明する菅原社長

1984年、29歳で「太洋製作所」を創業した。カセットテープレコーダーの磁気ヘッドを作る会社の下請けで、従業員は数人のパートだけだった。それでも、菅原社長は「世界を意識して『太洋』とし、ものづくりの雄である日本を代表する大手総合電機メーカーのような企業になりたいと願い、『製作所』と名付けた」と振り返る。

1988年には世界的エレクトロニクスメーカーの子会社で、デジタルビデオカメラの磁気ヘッドを製造する会社の下請けを始めた。業績は伸び、ピーク時には社員は117人まで増えた。しかし、1995年に、請け負っていた業務をメーカー本体の工場で行うことになり、すべての仕事が7、8か月の猶予期間で失われる非常事態に陥った。全国各地から磁気ヘッドの替わりになる仕事を探し、幾つか候補は挙がったが、磁気ヘッドに見合うものはなかった。

熟慮の結果、社員の大半の再就職先を世話するとともに、世界的エレクトロニクスメーカーの下請け時代に磨いた技術を活かして、ファクトリーオートメーションの設備メーカーとして再スタートすることに舵を切った。

「元々、自立したメーカーを目指していた。どんな分野の仕事をすればいいのか悩み、知人のツテを頼り、半導体の権威だった東北大の西澤潤一先生のセミナーに参加した」と振り返る。1980年代後半は、日本が半導体で世界一だった。セミナーで「今は半導体の勢いがありますが、次はどんな産業が伸びますか」と質問したところ、西澤氏は「半導体の次も半導体」と答えた。その言葉を信じ、半導体に関わる仕事をする決心をした。

工場で組み立て作業をする社員

検査装置製造に進出、液晶ブームに技術で適応

検査装置に関与するきっかけは、1996年に 東京の商社から、大手印刷会社が半導体のリードフレーム(半導体チップを固定し、外部の電子機器と接続するための金属製の枠組み)を目視検査しており人手不足に悩んでいる、自動検査に挑戦してみないかと誘われたことだ。当時、画像処理技術を持ち合わせていなかったため、岩手県のソフト会社を紹介してもらい、1年ほどで第1号モデルの検査装置が完成した。検査装置は1997年の1年間で11台を販売したものの、この年の11月に北海道拓殖銀行が経営破綻し、山一証券が自主廃業。日本中の設備投資が止まってしまった。

その頃からテレビの液晶化の動きを見越し、フィルム上の基板を検査するフレキシブル基板検査装置の開発に着手した。2003年の地上デジタル放送の開始が契機となり、テレビはブラウン管から液晶に世代交代が進んだ。液晶パネルの広がりに、液晶を表示させる半導体の検査が追いつかない状況が生じた。このとき、従来の製品よりも数倍の早さで検査できる装置の開発に成功し、インスペックの製品が業界標準となって注文が殺到。フレキシブル基板検査装置が牽引する形で、2006年に東証マザーズ(現グロース)市場への上場を果たした。

その後、2008年のリーマン・ショックにより、上場で手に入れた資金をほぼ使い果たし、社員の希望退職を募る事態に陥りながらも、半導体パッケージ基板検査装置の開発に取り組み、2012年には最もハイスペックなパッケージ基板を製作している国内企業に納品できる検査装置の開発にこぎ着けた。この製品が高い評価を得たことが現在までつながっている。

創業時の「太洋製作所」は、2001年に「インスペック」に変更した。英語の「inspection」(検査)に由来し、社内公募で選んだ。菅原社長は「インスペックは世界中どこでも『インスペック』と発音するはず。世界中の誰でも同じように発音できる名前にした『ソニー』を真似した」と話す。

秋田大で講義する菅原社長

後進の育成にも力を注いでいる。母校の秋田高専では2017年から講師を務めており、今年5月には秋田大学で半導体関連産業の育成をテーマに講義を行った。「秋田県の少子高齢化問題には、若者がこの地で起業することが最も効果的だ。その一助になればと思い、講義を引き受けている。もちろん、『地元にはインスペックという優良企業があるので、ぜひ、入社してください』とアピールすることも忘れません」と笑みを見せる。

「社員が生き生きと仕事をして、幸せな人生を送れる会社こそが、社会にも大きな貢献ができる」と話す菅原社長(右)と、長男の菅原亮太専務取締役(秋田県仙北市の本社で)

AI進化で市場様変わり 「最先端に食らいつく」

半導体パッケージ基板などの精密電子部品用「超ハイエンド光学式外観検査装置」でグローバルニッチトップの地位を確立しているが、菅原社長は「次の時代は、半導体パッケージ基板のマーケットそのものが様変わりする。市場は拡大し、必要な技術も変化する」とみている。

米国の大手半導体メーカー製のパソコン用CPUは、多くの機能を一つの大きなチップに集約する構造になっている。米国の大手半導体メーカーが製造するAI向け半導体は、高性能化が進むに連れ、一つのチップにすべての機能を搭載することが難しくなってきている。そこで、これまでは一つの大きなチップにまとめていた機能について、高速なメモリー通信などの部分を別々に作り、一つのパッケージ基板上で組み合わせて、一つのICとして動かすチップレット化が加速している。

「現状はチップさえ作れば完成だったが、将来はチップをパッケージ基板に載せて初めて機能するようになるので、パッケージ基板の役割が今まで以上に重要になってくる」と予測する。

さらに、AI半導体に使われるGPU(画像や映像の処理に特化した演算装置)は大きなエリアが必要で、一つのチップに納めることができない。半導体パッケージ基板の中でも、これまで以上に高速での検査が求められる。また、従来のチップを搭載する半導体パッケージ基板は、一個数千円程度だが、AI向けの半導体パッケージ基板は、基板単体でも高額なものでは100万円近くするものもあり、わずかな欠陥があるだけで廃棄するわけにもいかなくなる。基板メーカーからはリペア装置(欠陥修正装置)を求められており、開発中という。

菅原社長は「半導体の仕組みそのものが大きく変わろうとしている。基板そのものも高額になり、検査も違う次元のレベルになっていく。この分野で最先端に食らいついていければ成長していけるが、そのための技術開発のハードルは非常に高い」と気を引き締めた。

 

【企業情報】▽公式サイト=https://www.inspec21.com/▽代表取締役社長 菅原雅史▽従業員=85人(2026年8月1日現在)▽資本金=8億1300万円▽創業=1984年1月

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