経済発展の基盤となる人材。生成AIやロボット技術の急速な発展にともない、将来の人材需給で大規模ミスマッチが生じる可能性が指摘されており、持続的な経済成長の実現に向けて、変化に対応できる人材の育成が重要だ。
政府が官民投資の重点対象と位置づける「17の戦略分野」や社会インフラ関連分野の人材育成強化で省庁横断的な取り組みが進む中、文部科学省が中心となった日本成長戦略会議の人材育成分科会は2026年4月、「高校から大学・大学院等を通した人材育成システム改革ビジョン」を公表。「各産業を支える理工・デジタル系人材、現場人材の不足」「高度化する技術や新しい知識・技能への対応」といった課題認識のもと、高校教育から大学や大学院などの高等教育までの一体的改革で成長を目指す方向性を打ち出した。人材戦略と経営戦略を考える特集の2回目は、文科省の合田哲雄・高等教育局長=写真=にビジョンの狙いや経済産業省との連携などについて語ってもらう。聞き手は、経済産業省の高木悠一・未来人材戦略室長/経済社会政策室長。
革新的なビジョン 「文理分断」からの脱却図る
――将来起こりうる人材需給のミスマッチ回避に向けて、地域特性も踏まえた教育の在り方や産業界における様々な人材の活躍はとても重要です。文科省の「人材育成システム改革ビジョン」では、高等教育における理工系の定員の拡大などの目標が打ち出されました。
合田 これは、「文系だからダメ、理系ならよい」という単純な議論ではありません。少子化や就業構造の変化が進む中、これまでの教育や社会で当たり前だった「文系と理系の分断」を転換しなければいけないとの考えに基づいて公表したものです。
高度経済成長期に象徴されるかつての工業化社会では、大量のホワイトカラーが必要だったので、「高校生の半分が文系、大学生の半分が人文・社会学系」といった構造が社会のニーズに合っていました。そして、世間では「高校はとりあえず普通科に」「女子は文系」「理系科目を諦め文系科目に注力して偏差値を上げ、大都市圏で伝統がある有名大学に進学できれば生涯安泰」いった相場観が形成されていたと思います。
しかし、就業構造が変化する中、このような考え方は、子供たちの可能性を阻害する大きなリスクになります。私は大学を所管する高等教育局長ですが、この問題は、義務教育から大学院まで、子供たちの特性や関心に応じた学びが実現できるように、高校の普通科と専門学科の比率や大学の専攻分野ごとの入学定員のポートフォリオのリバランス、学びの実態とはかけ離れている偏差値で表される序列意識のゆがみの是正も含めて一気通貫で取り組まないといけません。デジタル社会の現代において、生徒だけでなく保護者も教育界も、文系の方が「ツブシが利く」「給料がよい」といった考えをいまだに引きずっていてよいのかが問われているのです。次世代に責任を持つために、政府全体で取り組むべき課題だと認識しています。
合田哲雄(ごうだ・てつお)=文部科学省高等教育局長。1992年文部省(現・文科省)入省。文科省研究振興局学術研究助成課長、初等中等教育局教育課程課長、内閣官房(人生100年構想推進室)内閣参事官、内閣府(科学技術・イノベーション推進事務局)審議官、文化庁次長などを経て、2025年7月から現職。兵庫教育大学客員教授
文科省と経産省 目指す社会像は共通
――文科省と経産省におけるこれまでの連携について、どのように見ていますか。
合田 文科省は個人の特性や関心に応じた自己実現を、経産省は日本経済の活性化やより豊かな社会の実現を、それぞれ重視している官庁ですが、両省はこれまでにも、例えば、子供たち一人ひとりに情報端末を提供するなどして学校のICT環境を整備する2019年の「GIGAスクール構想」などで連携・協働してきました。近年、お互いが目指す社会像に共通点があると感じています。
高度経済成長期は、同じ規格のものを大量に正確に、短い時間で生産することが重視されました。教育の場では探究的な学びよりも系統的な知識の習得を重視し、知識をいかに効率的に覚えるかが主流だったと言えるでしょう。しかし、「ポスト工業化社会」で社会構造が変化した現代では、個人のネットワークや創意工夫、アイデアが重視されています。「GIGAスクール構想」は、子供たちが教科書通りに勉強するのではなく、自分自身で自らの学びを組み立てていくことに主眼を置いたものです。その後のコロナ禍では結果的に、子供たちの学びの命綱にもなりました。このように、政策を大きく転換するときは他の省庁とも連携し、大きな「うねり」を作っていくことが重要だと思っています。人の学びや将来を構想し政策を力強く展開することは、一つの省庁の枠の中で閉じるようなものではないのですから。
期待される産業界と教育界の連携
――今後は省庁間に限らず、産業界と教育界がいかに連携を深められるかも注目されると思います。文部科学省として、産業界にどのような期待を寄せていますか。
合田 大きく分けて四つの点で期待しています。
一つ目は、「子供たちの関心に応じた学びに本気で伴走してほしい」ということです。例えば、「飛行機はどうして飛ぶのだろう?」と疑問に思った小学生は、航空会社や流体力学の研究室などのホームページにたどり着くことが考えられますよね。ゲームが好きで開発技術に関心がある子供にはソフト開発会社側から、「コンピュータグラフィックスにおける一次変換は、位置を表すベクトルに変形用の行列をかけることだから、ゲームのキャラクターや地図を動かす魔法の道具として数学が必須だよ」とか「より深みのあるゲームを作るには、歴史の勉強も大事だ」とアドバイスすることもあるでしょう。子供たちの関心がかなり専門的だったり、個々の学校での教科の範囲を超えたりするようなケースへの対応は、学校教育では限界があることもあります。産業界が取り組んでいる難問を解くために、数学や科学、歴史や哲学がいかに活きているか、それは学校の学びとどうつながっているか、そして、挑戦している産業界の大人たちにも乗り越えるべき壁がまだまだあることなどを率直に伝えてもらえたら、と思います。
二つ目は、「今の産業界や大人が過去の経験から得た相場観を子供たちに押しつけない」ということです。実際に安泰だと思われていた企業や業界が衰退した例は数多くありますし、企業グループの枠を超えた取引なども進んでいますよね。「できるだけリスクの少ない平穏な人生を歩ませたい」という親心は痛いほど分かるのですが、現代においては「リスクを負わないことが最大リスク」となっていると私は思います。
三つ目は、「一生学び続けることの大切さを企業文化に位置づけ、可視化してほしい」ということです。様々な企業で、既に文系のホワイトカラーとしてキャリアを積み重ねてきた人でも、DX(デジタルトランスフォーメーション)が進むこの時代において、例えばデータサイエンスを学ぶために大学などに通ってリスキリングすることは本当に重要になっていると思います。大人のこうした姿が可視化されていくと、子供たちの学ぶ意欲もより刺激されるのではないでしょうか。
四つ目は、保護者や子供たちに向けた「動画などによる文科省の情報発信にお力添えいただきたい」というお願いです。今はショート動画などで関心を持っていただかないとお役所の発信などなかなか気に留めていただけません。まだアイデアの段階ですが、これまでの相場観やバイアスを越えて、一人ひとりの子供の関心や能力を引き出すことの大切さを伝えるショート動画の制作などを検討しています。特に、日本の女性は15歳の段階では数学や科学のリテラシーが極めて高いにもかかわらず、高校・大学と進むにつれて理数系やデジタルや工学などの分野を選ぶ女性が不自然なほど激減することに強い問題意識をもっており、その背景にある社会のバイアスを乗り越えるためにもそのような情報発信が必要だと考えています。
変化や進化が早い時代 大人も学び続ける姿勢を
――社会の変化や技術の進化が加速しています。人間がしている仕事が将来、どこまでAIに代替されるのかは不確実で、だからこそ、何を学べばよいかがわかりにくい時代であるようにも思います。
合田 「シン・ニホン AI×データ時代における日本の再生と人材育成」(NewsPicksパブリッシング) の著者で慶応義塾大学環境情報学部の安宅和人教授が、最近、生成AIが飛躍的に進化する中、最後に人間に残される仕事は「ダメ出しとディレクションである」と述べられていますね。つまり、事業プロジェクトや政策の方向性を示し、かつ、日々飛び交う生成AIが生成した情報に対して、「これは違う」という直感を働かせて判断できる能力が重要と指摘されたもので、私もその通りだと思います。例えば、AIが作成したプログラムに誤りがあっても、自分自身にプログラミングの知識や経験がなければ、それを見抜くことはできません。生成AIがプログラムを書いてしまうので、自分でプログラムを書くことはないとしても、一度はちゃんとコーディングを学び、悪戦苦闘する必要があるでしょう。こうした「見立てる力」を育むためには、初等中等教育において、色々な分野を学び、経験することが求められており、現在、このような観点から、2027年の学習指導要領改訂の詰めの議論が行われています。高等教育では板挟みの「知的な修羅場体験」を通じて、自分の判断や表現に誇りと責任を持つ学びへと転換する必要があると思います。
さらに、私たち大人が「これを学んでおけば安心」と思考停止するのではなく、子供は何に関心があるのかをしっかりと見取り、その関心は学校での学びや体験、不可逆的な変化を続けるデジタル社会とどう結びついているかを考え、子供たちに伴走していく必要があります。そのためには、大人こそ学びやスキルアップに挑戦し続けていかなければいけないと深い自戒を込めて感じています。
文科省の合田高等教育局長(左)と聞き手を務めた経産省の高木未来人材戦略室長/経済社会政策室長
◇ ◇ ◇
リスキリングや人材確保における経産省の取り組み
日本成長戦略会議が掲げる17の戦略分野などにおける効果的なリスキリングなどの人材育成に向けて、経済産業省では、産業に求められるスキルの可視化に取り組んでいる。職業情報・求人情報をもとにAIでスキルを抽出し、産業全体でスキルを体系的に整理しつつ、各産業で必要なスキルをまとめたスキル標準の作成を支援する。産業全体のスキル体系に沿って各産業でのスキル標準を作成することで、スキルの表現を他業種となるべく統一し、業界外からの人材の確保や育成にも活用できるようにする。すでにスキル標準や資格体系が確立している業種についても、産業全体のスキル体系に読み替え可能とするという=図=。
さらに、スキル関連情報のデータ基盤に関する調査や検証にも取り組む。デジタル庁などの関係省庁と連携のもと、17の戦略分野などを念頭にAI・デジタル関連スキル・資格などの可視化・証明のための基盤の整備を検討している=図=。
また、「第四次産業革命スキル習得講座認定制度(Reスキル講座)」では、IT・データを中心とした専門的・実践的なプログラムを認定している(2026年8月時点で467講座)。厚⽣労働省が定める一定の要件を満たし、厚生労働大臣の指定を受けた講座については、教育訓練給付金の対象となる。例えば、データ分析・機械学習・ディープラーニングなどのAI・データサイエンス技術を網羅的に学び、ビジネスにおける実践力を養成する講座や、ものづくりにおける現場の問題・課題を見極め、デジタル化を目的志向で実行できる人材を育成する講座などがある。
The post 「文理分断」からの脱却を! 時代の変化に対応し、リードできる人材育成のあり方を文部科学省局長が語る first appeared on 経済産業省 METI Journal ONLINE.