障がい者の就労支援事業からスタートした「KEIPE株式会社(KEIPE)」(山梨県甲府市)は、飲食、児童の発達支援、地域商社、人材マッチングなど、多岐にわたる事業を展開する。共通するのは、地域課題の解決を事業化して、その担い手として障がいのある人が働くという考え方だ。創業した当初は、障がいのある人たちの働く場や就労の機会を作ることが目的だったが、約10年を経て、障がいのある人が働くことを前提にして、事業そのものの力を伸ばしていくことへと目指す方向が変わろうとしている。赤池侑馬社長は、訪問販売や海外での事業立ち上げなどの経験と創業後の試行錯誤を生かし、新たな体制づくりに取り組んでいる。
「一人ひとりの可能性が最大限に生かせる場を作りたい」と話す赤池侑馬社長
教員経験と障がいを負った兄の存在 起業のきっかけ
現在、KEIPEが展開する事業は六つ。甲府市内のカフェは、赤ちゃん連れの親が集まるコミュニティの場として運営。山梨県立美術館内のレストランでは、障がいのあるスタッフが接客やレジを担当する。また、地域商社事業では、形や大きさを理由に市場に出せずに廃棄されていた山梨県特産の桃やブドウを販売するほか、ドライフルーツやジェラートなどにも加工している。資源を有効活用しながら地域のニーズにも応えていく、同様の取り組みとして、空き家やオフィスのリノベーションや解体時に出る廃材や古道具の再生を「ものづくり事業」として行っている。児童発達支援・放課後デイサービスと物流企業との人材マッチング事業は、それぞれ別会社化して運営している。
地域商社事業では、廃棄されていた規格外のフルーツも加工して販売している
障がいのある人の就労支援から、地域課題の事業化へと活動の幅を広げてきたKEIPE。その原点には、赤池社長の教員時代の経験と、障がいのある兄の存在があった。
赤池社長が起業を考えたのは、大学卒業後に赴任した千葉県の中学校で教員をしていた時だった。学校生活になじめず、授業を抜け出す生徒もいたが、赤池社長は、そうした生徒を探して話を聞いた。そして、対話を重ねるうち、一人ひとりの能力や個性を生かせる環境が必要だと考えるようになった。そこで、「40歳までに学校を作る」という目標を立て、その資金を得るため、「28歳までに会社を興す」と決めて退職。経営を学ぶためにマーケティングや訪問販売の仕事に携わり、夜は経営者を訪ねて話を聞いた。勤務先から依頼を受けて、タイでの事業の立ち上げも経験した。
個々を尊重する場を作るという目標は、先輩に誘われて障がい者支援事業の立ち上げに携わったことで、より明確になった。事業のなかで出会った、働く意思がありながら機会を得られない人たちの姿と、16歳の時のバイク事故で心身に障がいを負った3歳上の兄が重なった。事故から10年以上たっても、社会との接点を持つことに苦労していた兄のような人が、地域で働ける場を故郷に作りたい――。こうして2017年、27歳で設立したのがKEIPEだった。
初年は散々・・・入院経験や社員の言葉を機に転換
最初に取り組んだのは、現在も会社の基盤となっている障がい者支援事業だった。「障がい者就労継続支援A型事業所」を設け、一般企業での就労が難しい人と雇用契約を結び、事務やパソコン作業などの仕事を提供した。なかでもKEIPEの特徴は、一般就労に必要なスキルを身につけて将来の就職につなげられるようにと、障がいのある人も社員として雇用し、週1回の経営報告会にも参加する仕組みを設けたことだった。ただ、創業当初から、この理念通りに進んだわけではなかった。
当時、赤池社長は元の会社の仕事で全国を飛び回っており、甲府に通えるのは週1回程度。理念を十分に共有することができず、採用やマネジメント体制の不備もあって、1年目の離職率は83%に達した。「みんな、どこに向かっているのか分からなかったと思う」と、赤池社長は振り返る。さらにその後、心身の疲れが重なって結核を患って入院してしまった。
だが、この経験が、自身の仕事や会社のあり方を見直すきっかけになった。「ビジネスとしての仕事」と「社会に求められる仕事」とを並べた時、「今の仕事はどちらなのか」と考え、「自分の命をどう使うか」とまで思い悩んだ。最後は甲府市での事業に集中することを決め、コロナ禍を機に2020年にUターンした。
人が成長していくことに興味があると話す赤池社長が原点とするのは「教育」だという。
地元に戻ったものの、当初は財界に知っている人はいなかった。それでも、経営者を訪ね歩き、別の経営者を紹介してもらうことを繰り返しているうちに、数か月で地方銀行の会長や頭取、地元を代表する企業の社長らとのつながりを築くことができ、次第に仕事の受注も増えていった。一方で、受注型のビジネスには、価格や仕事量を自分たちで決められないという限界もあった。転換の契機となったのは、障がいのある社員の言葉だった。「私は病気で家族に迷惑をかけたから、1日も早く自分の力で社会復帰して、家族を幸せにしたい」。「弟の進学のために家計を助けたいので、早く自立したい」。赤池社長は、障がいのある社員が、生活のためだけでなく家族や周囲のためにも働く機会を求めていることを知り、「障がいのある人が、地域課題の解決を担う側に立つ」ことを実現できる事業の立ち上げに取り組んでいくことを決めた。
社員の能力を引き出し、一般企業への就職を目標に
次々と立ち上げた新規事業は、戦略的に増やしていったというより、「地域から頼まれて始めたものも多く、結果的に増えていった」(赤池社長)という。持ち込まれた案件について、社内で実現可能性を検討し、事業計画まで構築できれば実施に移す。特徴的なのが、事業責任者や担当者を、任命や人事異動ではなく、社員の立候補による「手上げ方式」で決めていることだ。まず、障がいのないスタッフから立候補者を募り、責任者が決まったら、障がいのあるスタッフを対象に社内募集する。社員自身が意思表示できる機会を設けることで積極的に手が上がり、毎回、募集人数を上回る応募があるという。
また、外部の知見も積極的に取り入れている。新たな知識やスキルが必要な場合は、赤池社長の知人など社外の協力者を招くほか、社員が都内での勉強会に参加した際に、登壇者の協力を取り付けて来ることもある。最近は、地元とのつながりを持つ元自治体職員や、新しい事業を立ち上げたい人が入社してくるケースも増えているという。
明るいオフィスでは、スタッフが集まって自由に話し合いをする様子がよく見られる。
新規事業を積極的に立ち上げているが、必ずしも、すべての事業を継続するわけではない。収益が上がらず、やむを得ず撤退したものもあれば、キャリア教育を進めたいというKEIPE側の方針と地域側のニーズのミスマッチいを実感し、黒字でありながら終了したものもあるという。
それでも赤池社長は、新規事業に挑戦していくことには意義があると考えている。「私たちの目的は、その人の可能性を最大限に引き出すこと。社員の能力を発揮できる環境を整えることです。環境によって人は変わる。だから機会は多いほどいいのです」。赤池社長は、レストランで障がいのあるスタッフが生き生きとして働く姿を見て、多様な機会をつくる意義を実感したという。
グループ全体の従業員約140人のうち、障がいのあるスタッフは約90人。だが、その人数は一般企業への就職などに伴って変動する。KEIPEでは、社内での就労の先に一般企業への就職を目標として位置付けており、企業との連携を担当するスタッフが、障がい者雇用への理解を求めながら求人を集めてきて社内で共有している。2026年には就職希望者を対象にしたコースを開設。スタッフが講師となって、コミュニケーションや目標設定などトレーニングを行ったところ、数か月で約10人の一般企業への就職が決まった。
経営体制を新たに リーダー育成と収益力向上を
グループ全体の年商は約9億円(2026年7月期)。KEIPEは、現在、事業の棚卸しと新たな挑戦に取り組んでいる。2025年12月には「山と風のホールディングス株式会社」を設立してホールディングス体制に移行。これまでの事業運営で培ったノウハウを生かし、起業家の育成や新たな事業の創出に取り組む。特に、赤池社長が教育に関心を持っていることから、リーダー教育に力を入れる考えだ。
事業運営では、当初の計画値と実態が大きく乖離する事態が起きたのを機に、一律に営業利益率の下限を設定した。一定の収益性を確保したうえで、社会的な課題の解決につなげることを事業継続の条件とする。赤池社長は、「(障がいのある人が働ける)仕事を作るのではなく、障がいのある人がスタッフにいるのを当然のこととして、事業そのものの競争力や収益性を高める段階に向かいたい」と話す。
「障がいを特別なものにせず、誰もがそこに居ていい社会」を目指し、さらに事業を展開する。
【企業情報】▽公式サイト=https://keipe.co.jp/▽代表者=赤池侑馬社長▽社員数=141人(2026年9月現在)▽資本金=200万円▽創業=2017年10月
The post 【山梨発】障がい者の就労を「目的」から「前提」へ。地域課題の解決 事業とともに追求 first appeared on 経済産業省 METI Journal ONLINE.